横浜地方裁判所 平成2年(行ウ)19号 判決 1993年8月30日
原告 株式会社ベストプランテック ほか一名
被告 川崎市長
代理人 池本壽美子 森和雄 高瀬正毅 関澤照代 江本修二 ほか七名
主文
一 原告らの請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告らの負担とする。
事実及び理由
第一原告らの請求
一 被告が、原告株式会社ベストプランテック(旧商号ジャストレンタル株式会社)に対し、平成二年四月一〇日付けでした、別紙一記載の違反建築物に対する是正命令は、これを取消す。
二 被告が、原告吉田三郎に対し、平成二年四月一〇日付けでした、別紙二記載の違反建築物に対する是正命令は、これを取消す。
三 訴訟費用は被告の負担とする。
第二事案の概要
一 争いのない事実等
1 原告株式会社ベストプランテック(以下「原告会社」という。)は、都市計画法に基づく住居地域に指定されている地域である川崎市高津区久地四四二番地の一及び四三八番地に、鉄骨を組み合わせた構造を有する立体自動車駐車場である、一層二段自走式の自動車駐車設備(以下「本件駐車設備」という。)を設置した。
2 原告吉田三郎(以下「原告吉田」という。)は、原告会社から、本件駐車設備を買い受け(<証拠略>)、本件駐車設備を貸駐車場として使用している。
3 被告は、本件駐車設備に関し、これが建築物に該当し、建築基準法(平成四年法律第八二号による改正前のもの。以下「法」という。)四八条三項に違反するとして、いずれも平成二年四月一〇日付けで、原告会社及び原告吉田に対し、別紙一、二各記載の各違反建築物の是正命令をした(以下「本件処分」という。)。
二 被告の主張
1 本件駐車設備は、次のとおり土地に定着する工作物で、屋根及び柱を有するものであるから法二条一号に規定する建築物に該当し、しかもその床面積は七四五・一三平方メートルであって、住居地域内においては、床面積の合計が五〇平方メートルを超える自動車車庫(建築物に付属するもので政令で定めるもの又は都市計画として決定されたものを除く。)の建築を禁止する法四八条三項に違反することは明らかであるから、本件処分は適法である。
(一) 土地との定着性について
法の目的は、建築物に各種の規制を及ぼすことによって、国民の生命、健康及び財産等を保護することを目的としており、法にいう建築物とは、右目的を達成するため、どの範囲の工作物を規制の対象とすることが必要かという観点から定められるべきであり、こうした見地からすれば、法二条一号にいう「土地に定着する」とは、物理的に強固に結合されて土地に固着された状態に限られず、土地を継続的に占有し、工作物をある一定の用途として利用するという意味に解すべきである。
そして、本件駐車設備は、一層二段の自走式自動車車庫として貸駐車場に利用されており、更に、電気の供給を受けて照明設備を設けているから、一定の期間にわたり一定の場所に特定の利用目的をもって設置されたものであるというべきであり、前記観点からすれば、本件駐車設備が土地に定着していることは明らかである。
(二) 屋根について
屋根を設ける目的は、自然条件及び人為的条件からの影響を遮断し、永続的な屋内空間を作るところにあるから、法二条一号にいう「屋根」とは、雨覆いとしての効用を有する必要はなく、工作物の上部にあって、その上下の空間を仕切り、当該工作物の用法上所要の期間及び方法によって、その下部に人の利用する空間を形成するものであれば足りると解すべきである。
本件駐車設備の床板は穴が開けられて(パンチング)いるが、その開口率は約三・八パーセントに過ぎず、雨覆いとしての屋根の効用を十分有するばかりでなく、本件駐車設備は自動車車庫として土地の有効利用を目的としているところ、収納される自動車は、仮に雨に濡れることがあってもその効用が失われないものであるから、本件駐車設備においては、雨覆いとしての屋根はそもそも必要不可欠のものでなく、それゆえ上部に自動車を積載してその荷重を支えるとともに、下部に自動車が駐車可能な空間を確保するために上下の空間を区分している本件駐車設備の床板は、その目的及び機能に照らし、工作物の屋根に該当するというべきである。
2 予備的主張
仮に、本件駐車設備が建築物に該当しないとしても工作物には該当する。そして、法八八条二項は、製造施設、貯蔵施設、遊戯施設等の工作物で政令で指定するものについては、法六条及び四八条の規定を準用(以下「準用工作物」という。)すると規定しているところ、建築基準法施行令(平成五年五月一二日政令第一七〇号による改正前のもの。以下「施行令」という。)一三八条三項二号イは、自動車車庫の用途に供する工作物で、築造面積が五〇平方メートルを超え、住居地域内にあるもの(建築物に付属するものを除く。)を法八八条二項の適用ある工作物として指定しているから、築造面積が七四五・一三平方メートルで、住居地域内にあり、建築物に付属するものではない本件駐車設備には、法八八条二項が適用され、その結果法六条及び四八条の規定が準用されるから、床面積の合計が五〇平方メートルを超えてはならないのであって、結局本件処分は適法である。
三 原告らの反論
1 本件駐車設備は、法二条一号の規定する「建築物」の要件である土地との「定着性」を欠き、「屋根」をも有しないものであるから、「建築物」とはいえない。
(一) 土地との定着性について
「土地に定着する」とは、民法、不動産登記法、税法等においては、特別の基礎をもって土地に固着された状態をいうとされているところ、法概念の統一性ないし法的安定の見地からして、法にいう定着性の概念も同様に解すべきである。
そして右定着性の概念は基礎とこれに対する緊結等の土地との固着が前提とされているところ、本件駐車設備は法が予定していない載置方法をとっているのであって、本件駐車設備が土地に定着するといえないことは明らかである。
(二) 屋根について
雨の多い我が国においては、雨覆いの効用を持たないものを屋根ということができないのは一般常識というべきであり、従前の行政実例も同様な解釈をとってきたもので、被告の主張に理由がないことは明らかである。
また、本件駐車設備の床板にはパンチングメタルが使用され、無数の穴が設けられているが、この穴は排気ガスの排出、採光、耐風圧性等を目的として設けられているものであって、しかも床板には防水処理はなされていないのであるから雨覆いとしての効用を有するものではない。
2 予備的主張について
本件是正命令はいずれも、文言上、本件駐車設備が建築物であることを前提としており、その主文においても建築物なる言葉が明示されているから、本件駐車設備が準用工作物に該当することを理由とするものに読み替えることはできない。すなわち、本件処分当時に、被告には、本件駐車設備が準用工作物に該当するかも知れないという認識はなかったのであり、それゆえ右のような本件是正命令をなしたのであるから、後になって建築物性に疑念を抱き、本件駐車設備は準用工作物であるとの主張をしても、その主張は本件駐車設備が建築物に該当するものとしてなされた本件処分と同一性をもたないことは明らかであって、かかる違法行為の転換は許されない。
また、仮に右のような読み替えが許されるとしても、法は工作物についての定義規定を置いていないが、法二条一号が建築物を定義するに当たり、土地に定着する工作物のうち、所定の要件を満たすもののみを建築物と定めた法意に照らし、法にいう工作物とは土地に定着するが他の要件たる屋根、柱又は壁が存しないもの、その他同号に該当しないものを指すと解すべきである。
本件駐車設備は、土地との定着性を欠いており、準用工作物にも該当しないというべきである。
3 本件処分の不明確性
行政処分が、命令書それ自体で命令の内容が明確でなければならないことは当然である。
本件是正命令の「命ずる措置」の内容である「用途地域内の建築制限に適合する建築物」という記載は、極めて無限定で明確性を欠くばかりか、「違反条項」の内容である「法第四八条第三項」もその規制範囲は広範であって、特定性を持たず、更に準用規定の明示もないのであるから、本件命令の内容は、連鎖的な法適用と複雑な解釈を加えなければ判別できず、明確性を欠くから、本件処分は無効である。
四 争点
本件の争点は、次のとおりである。
1 本件駐車設備が、建築基準法二条一号に規定する建築物、すなわち土地に定着し、かつ屋根を有する工作物に当たるか。
2 本件駐車設備が、右建築物に当たらないとして、工作物といえるか。
3 本件駐車設備が、工作物と認められるとした場合に、本件処分は適法か。
4 本件処分は、その内容が明確性を欠き、無効であるか。
第三争点に対する判断
一 争点1(本件駐車設備が建築物といえるか)について
1 本件駐車設備の概要及び特徴等
本件駐車設備は、商品名ジャストパークIIと呼ばれ、鉄骨ユニットを組み合わせたもので、舗装された平地(設置面積八四三・六平方メートル)に独立して設置され、床(築造)面積は七四五・一三平方メートルである。一階には四三台、二階には三六台、合計七九台の自動車(普通車及び軽自動車)の駐車が可能である。(<証拠略>)
本件駐車設備の特徴は、低層の重量鉄骨構造の「載置式組立建造物」であること、すなわち、その基礎部分は、地上に存置されただけであるという点にある。(<証拠略>)
2 「定着」の概念について
法二条一号は、建築物の意義を「土地に定着する工作物のうち、屋根及び柱若しくは壁を有するもの」と定めているが、同法には「定着」の概念が特に定められていない。この点につき、被告は「土地を継続的に占有し、工作物をある一定の用途として利用する」という意味に解すべきであるといい、原告らは「特別の基礎をもって土地に固着された状態」をいうと主張する。
そこで判断するに、民法八六条一項の解釈において、土地の定着物とは、土地に付着せしめられ、かつその土地に永続的に付着せしめられた状態において使用されることがその物の取引上の性質であるものをいうとされていることに鑑みると、「建築物の敷地、構造、設備及び用途に関する最低の基準を定めて、国民の生命、健康及び財産の保護を図り、もって公共の福祉の増進に資することを目的とする」という法の目的に照らして、法二条一号の定着性について、右民法の解釈と別異に解さねばならない理由を見いだすことは困難である。したがって、右「定着」の用語は、必ずしも土地との緊結を意味するものではないが、土地に永続的に付着せしめられた状態において使用されることを意味すると解するのが相当である。
3 本件駐車設備の定着性
ところで、本件駐車設備は、前記1で認定したように、平地に載置するのみで基礎工事もなされていないのであるが、そのことが逆に設置及び解体・運搬が短期かつ容易にできるとして、商品としてのセールスポイントになっているのであるから(<証拠略>)、本件駐車設備は土地に永続的に付着しているとは認められず、結局法二条一号所定の土地に定着する工作物に該当するということはできない。
4 以上、本件駐車設備は、土地への定着性の要件を欠くものであるから、その余の要件について判断をするまでもなく建築物と認めることはできない。
二 争点2(本件駐車設備が工作物といえるか)について
法は、工作物についても、その定義規定を置いていないが、法八八条所定のいわゆる準用工作物に関する規定に掲げられた例を検討すると、工作物とは、人工的作業によって設置されたものと解すべきであるから、本件駐車設備が、工作物であることは明らかである。
なお、原告は、工作物についても土地との定着性を必要とすべきであると主張しているが、法二条一号が「土地に定着する工作物のうち」と規定していることからすると、法は工作物には土地との定着が認められないものがあることを予定していると解されるから、原告の右主張は採りえない。
三 争点3(工作物と認められる本件駐車設備に対する本件処分の適法性)について
1 まず、本件処分の是正命令書の内容は、いずれも「建築物の表示」の項における「用途地域・建築物概要」として「住居地域・自動車車庫・鉄骨造平家建」、「命ずる措置」の項において「(1)当該建築物を用途地域内の建築制限に適合する建築物とすること。(2)この命令書を受け取った日の翌日から起算して六〇日以内に是正すること。」とした上、「違反条項」の項に「法四八条三項」と記載している。そして法四八条三項には、「住居地域内においては、別表第二は項に掲げる建築物は、建築してはならない。」と規定され、しかも右のとおり本件処分の内容として本件駐車設備が自動車車庫であると明示されていることからすれば、別表第二(は)項のうち四号の「床面積の合計が五〇平方メートルを超える自動車車庫(建築物に付属するもので政令で定めるもの……を除く。)」が適用されることになるから、結局本件の是正命令の趣旨は、自動車車庫の用途に供する部分の床面積の合計を五〇平方メートル以下とせよというものであると容易に認められる。
2 ところで、本件駐車設備が工作物であるとすると、前述のように本件駐車設備は、築造面積七四五・一三平方メートルを有し、住居地域内にあって、建築物に付属するものではないから、施行令一三八条三項二号イの自動車車庫の用途に供する工作物で「築造面積が五〇平方メートルを超えるもので……住居地域内にあるもの(建築物に付属するものを除く。)」に該当することになり、法八八条二項が適用される工作物(準用工作物)として指定される結果、「床面積の合計」を「築造面積」読み替えて、結局法四八条三項が準用されることになり、築造面積が五〇平方メートルを超える本件駐車設備は、準用工作物として住居地域内に建築してはならないことになる。
3 右のとおり、本件駐車設備が建築物又は工作物のいずれであっても、その床面積の合計は五〇平方メートル以下にしなければならないという点では同じであり、違反する条項も、処分理由の基礎的事実関係も同一であるから、被告の予備的主張は処分の同一性を害さないというべきである。つまり、本件是正命令は、本件駐車設備が建築物であることを前提になされているが、それが建築物でなく工作物であるとしたら、それに対する規制に適合するように是正すべきことを命じていると解して妨げないと判断される。
4 取消訴訟の審理の対象は処分の違法一般であるから、一般に、取消訴訟においては、別異に解すべき特別の理由のない限り、行政庁は当該処分の効力を維持するための一切の法律上及び事実上の根拠を主張することが許されるものと解すべきところ、本件駐車設備を工作物と認定することは、結局、処分対象物に対する法的評価が変わったというに過ぎず、しかも建築物としての処分内容には工作物としての処分内容も含まれ、両者は処分としては実質的に同一であると認められるものであるから、行政庁が当初本件駐車設備を建築物と判断していたとしても、それは右特別の理由には該当せず、その外に右特別の理由を肯定すべき事実を認めることはできない。
5 また、原告は、本件駐車設備を準用工作物であるとして、処分の効力を維持しようとする被告の予備的主張は違法行為の転換であり、このようなことは許されない旨主張する。ところで、違法行為の転換、すなわち瑕疵ある処分の転換とは、行政庁がした一定の処分につき、そのとおりに受け取れば当該処分には瑕疵があり、したがって違法として取り消され又は無効とされてしかるべきところ、これを行政庁が意図したのとは異なる別の処分がなされたものとして読み替えれば、適法な処分となり、又は少なくとも無効ではなくなるという場合に、既になされた処分につき右の趣旨で読み替えを施すことをいうものであり、ある処分をそれと同一性をもたない別の処分に置き換えることである。しかしながら、本件処分は、前述のとおり、本件駐車設備を工作物と認定したことは処分対象物の法的評価の違いに過ぎず、しかもその処分内容は既に本件の是正命令の内容として含意されていたものであって、処分の実質的同一性を害するものではないから、右被告の予備的主張を違法行為の転換ということはできない。
6 なお、原告は本件処分内容が明確性を欠き、本件処分は無効であるとも主張するが、被告の命令書における「建築物」という文言が妥当なものとはいえないにしても、前記1で認めたとおり、本件処分は違反条項として明示されている法四八条三項から、床面積の合計(築造面積)に対する是正命令であることが容易に判明するから、処分の内容として明確性に欠けるものではない。したがって、原告の右主張も理由がない。
四 結論
以上のとおり、本件駐車設備は、法八八条二項によって準用される法六条一項、四八条三項に違反するから、本件処分はいずれも適法である。
(裁判官 清水悠爾 秋武憲一 藤原道子)
別紙一、二<略>